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まっぱしらかば。日誌: 管理人のつぶやき・・・

2008年12月28日

ツンデレ始祖は言いました

ツンデレの始祖は言いました。

「私はパンを焼いてあげました。だからあなたも私にパンを焼いてください?ふざけるのも大概にしろ。猫のうんこ踏め!」と。
(大雑把な記憶から抜粋)

このパンをリンゴにすれば更にしっくり来るんじゃないか?と突然ながら思いました。


夜、布団の中で眠りにつくときって、脳のいつも使ってない引き出しからぽろっと懐かしい言葉が出てきたりしますよね。
つい先日も、ホロボルトプレッシャーという言葉が突如、頭に浮かびました。
懐かしさに耐えきれなくなったので、ゼーガペイン、また見始めました。
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2008年12月25日

拳銃を同時に突き付けてる状態

良く映画か何かで、拳銃を同時で眉間に突き付けてる状態ってある。
あの状態を見ると毎回「先に引き金を引いた方が勝てるんじゃないか?」と思うのだ。
実際のところはどうなのだろう。
というか先ず、銃が生まれてこの方、ああいう状況になったことって一度でもあるんだろうか?
・・・・・・ないだろうな。
仮に、仮にあったとしてどうだ?
引き金を引くという選択肢はあるのか?
・・・・・・わかるわけないな。
仮に、仮に引き金を引くとしたらどうだ?

そうか、これはドラゴンボールの空想をするとき並みの仮にっていう仮定を並べ立てた上で成り立つ話なのか・・・・・・
空想とは元来そういうものだろうが・・・・・・
何だか、ままならない気分で一杯である。





映画『ヒトラー〜最後の12日間〜』みた。
色々と凄い映画だった。
ゲッペルスの役者がする演技が好きだった。




今年合計156冊目になる、細江ひろみ著『暴れん坊プリンセス@』『暴れん坊プリンセスA』を読んだ。
原作が桝田省治というのを聞いて。
普通だった。
僕ヒ★★★☆☆
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2008年12月20日

わんわんお!

非常にどうでも良いことなのですが・・・・・・
『わんわんお』って鳴き声を脳内で再生すると語呂がよすぎて和むんです・・・・・・
『わんわん』だと、どうってことないのですが・・・・・・
『わんわんお』だと・・・・・・

これって・・・・・・病気、ですよね・・・・・・
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2008年12月17日

厨二病

厨二病とは何ぞ。
ふと、思いました。

はてなの 中二病 とは

とりあえず、書いてある症例であてはまったのを上げてみる。


【やさぐれる】
そりゃもう、年がら年中。

【プロに対して評価が辛い。 】
自分が出来ないくせに・・・・・・
そうだな、よくよく考えるとこれはおかしい。
これからは、気をつけよう。

【赤川次郎あたりを読んで自分は読書家だと思い込む。】
赤川次郎は読んでないが、最近自分が読書家なんじゃないかと思い始めた節がある・・・・・・
気をつけねば。

【ちょっとしたウケ狙いのキーホルダーを買いたくなる】
何故、これが厨二病に関係が・・・・・・
ふ、普通のことかと思ってた。

【中ニ病というキーワードが気になって調べる
このトラップを回避するすべなどない。


それにしても何故だか、あてはまる項目が少ない気がする・・・・・・
で、更に調べていくと新たな病名を発見した。
その名も裏厨二病。

はてな 裏中二病 とは

・・・・・・これ、なんじゃないだろうか。





今年152冊目の本、上遠野浩平著『ヴァルプルギスの後悔 Fire.1』と米原万里著『不実な美女か貞淑な醜女か』読んだ。

『ヴァルプルギスの後悔 Fire.1』
惰性読み。
僕ヒ★★★☆☆

『不実な美女か貞淑な醜女か』
他人の失敗ばかりを取り上げ、笑う著者の性格が気にくわない。
僕ヒ★★☆☆☆

 
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2008年12月12日

エウレカ!

電車に乗ってるとき突如思いついた、いや、気がついたと言うべきか。
僕は言葉の通じない外国に行くことに酷く恐怖を覚えていた。
しかし、僕の日常を鑑み、よくよく考えてみると・・・・・・“友達と以外話さなくね?”ということに気がついた。
電車やバスで切符を買うのに言語を発する必要もなければ、店で買い物をするときも言語は必要ない。

なんてこと!
そうか、外国に行ったとしても話すところは極僅かなのだ!
言葉が話せなくとも、その地域のルールすら知っていれば不都合なことは何も無い!
これは偉大な発見だ!
僕の中で今年2番目くらいに位置するぐらい偉大な発見だ!
ユーレイカ!ユーレイカ!
タグ:英語 外国
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2008年12月10日

行間を読むことの有り無し

前々から疑問に思っていたのだが、小説の行間を読むことは良いことだろうか。
正直な話、行間を読んでしまうとどんな本も名作に早変わりしてしまうと思う。
例えば、稚拙な言葉で書かれた小説は「ああ、幼い主人公の思っていることを如実に語っている文章なんだ」と思えば、主人公の心情を完璧に描写しているとも思える。
更に例えを上げる。
例えば、ストーリーの辻褄が合わなくなったとき「ああ、あの言葉を発した後、主人公は葛藤し考えを改めたんだな」と思うと辻褄があい、ストーリーの違和感も無くなってしまう。
行間を読むと、こういうことが起こってしまうかも知れない。
これはどうだろう。
良いことだろうか、悪いことだろうか。
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2008年12月08日

歌手ってさ

歌手ってさ・・・・・・正直、頭わる・・・・・・いや、何でもない。

いや、まあ、こう思うに至った過程があるわけである。
僕は歌の題名があまりにも捻りがなく、あまりにもありきたりすぎ、そして同名なものが多すぎると思うのだ。
例えば小説の題名を見る。
すると、同じ題名の本は数えるほどしかない。
それはそうだ、オリジナリティーがある本の方が売れる。
作家なら誰しも、他人と違うものを書きたがる。
しかし、歌手、歌は違うのだ。
カラオケのサイトで「桜」と検索すると21個もの桜という題名の歌が出てくる。
さらにこの「桜」に「さくら」「sakura」「櫻」を含めると56個もの歌の題名がヒットする。
歌手とは何なんだろう?
僕はこの事実から察するに、芸術家でありながらオリジナリティーを持たない烏合の衆という解釈を与えざる終えない。
歌手というカタギの仕事ではない地位に甘んじ、アウトローを気取っているが実際は単なるミーハーでつまらない程度の浅い奴らなのではないか。
そんなことを思ってしまうのだ。

一部分の歌手だけかも知れませんがね。


今年149冊目の本、島田雅彦著『自由死刑』読んだ。
面白かった。
ただしかし、短編集に書いたネタをもう一度繰り返すのはいただけない。
作者にとって短編は実験だったのだろう。
しかし、出版してしまったのだから、そのネタは使うべきではない。
僕ヒ★★★★☆
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2008年11月16日

駅に鳩

昨日、電車を利用してて思ったんだが・・・・・・
どうして駅には鳩が多いのだろう?

誰かが餌を与えているからと一瞬考えるが、餌付け禁止の看板も出ていて、餌付けしている人を見たことがない。
そもそも、電車でうるさいは、人が多いはで、あの環境が鳩にとって住みやすいとは到底思えない。
ではなんで、彼らは駅に住んでいるのだろう?

ツバメが家の軒先に巣を作るのは、蛇などの天敵があまり来ないからだと聞いたことがある。
鳩も同じような理由から駅に巣を作っているのだろうか?
いや、違う。
もし、蛇などの天敵をよけるのが目当てだとしたら家の軒先に巣を作っても良いものであるが、鳩の巣が民家の軒先にあるのは見たことがない。

駅とはどういうものだろう?
田舎な僕の地元駅であってもコンクリートで地面が固められている。
ここを鳩が何か魅力に感じたということは無いだろうか?
土が少ない・・・・・・生ものが土に帰らない・・・・・・臭い・・・・・・
もしかして、鳩はものすごい進化を遂げているのかも知れない。
鳩が出した糞、これは土が無いため土に帰らず悪臭を放つだろう。
その悪臭に釣られてハエなどがたかりに来ると予想される。
そして、そのハエを鳩が食べる
つまり、人間の罠にあたる事をしているのかも知れない・・・・・・
かわいい顔をして奴ら鳩は烏なんかよりよっぽど賢い生き物であるかも知れない・・・・・・
人間が滅んだら次に台頭してくるのは鳩かも知れない・・・・・・
いや、しかし、考え過ぎか?

そういえば、言い回しに『鳩が豆鉄砲を食らったような顔』というものがある。
意味は突然の出来事に驚いた様を表す。
もしかしたら鳩は高等な知能で「僕は何も迷惑はかけてないのに、こいつは僕を攻撃するのか」と人間が猛獣に襲われたときのように、理不尽な怒りをおぼえているかもしれない。
かわいそうですので、皆さんも鳩に豆鉄砲食らわすのは止めましょう。


今年140冊目の本、倉田秀之著『R.O.D』読んだ。
少々、古くさいが本好きはたぶん好きだろう。
しかし、あまりに古くさいのでこの評価です。
僕ヒ★★★☆
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2008年11月09日

議論について

僕と大学のお友達は話をすると、何故か議論することになってしまいます。
ということで、議論という言葉で気になった記事があったのでピックアップしてみました。

フィンランドの5年生が作った議論のルール

↑議論を円滑に進めるために。

議論しないためのルール。

↑くだらない議論を回避するために。

話をズラす7のテクニック

↑くだらない議論を回避するために。
ポールが良く使う手です。
お館様と僕は要勉強
そして、ポールは要反省。

いま、小学校へ通っているぼくへ。

↑○野D対策。
『世の中には、自分の正しさを疑えないひとがいる』
まさしくその通り。



上の記事はほとんど『絶叫機械+絶望中止』というブログさんへのリンクです。
ここ意見、かなり当を得てて好きです。
僕のブログのあまりの糞さにトラックバックなど身の程知らずなことは出来ませんがねッ!
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2008年11月08日

今なら言える・・・・・・!

毎日更新している風の日記だが、今なら言える・・・・・・!

追いつかねえええええええええええええええええええええ!

今日が遠いッ!
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2008年11月07日

ワニ肉、カエル肉

いつも思うのだが、テレビでカエルやワニ、トカゲなどを食って
「鶏肉と同じような味」
とか、いう人が居るけれども当たり前じゃないかと僕は思う
鳥類は爬虫類が空に適応した姿だから、肉質、味が同じようなものであって当然だろ?

皆さんもそうは思いませんか?


今年137冊目の本、我孫子武丸著『殺戮にいたる病』読んだ。
面・・・・・・白い?
面白いっちゃあ、面白い。
うん、面白い。
しかし、こんなに肩透かしを食らった小説は初めてだ。
内容はグログロなのだが、ラストの肩透かしの部分が印象的すぎて、グログロの悪い感じの部分が全く自分の中に残っていないという不思議な読後感。
読み終わった後「え?僕は今、グログロの小説を読んでいたはずだけど?感情がニュートラルだよ?白いよ?真っ白だ」とリアルに戸惑うぐらい不思議な感じ。
僕ヒ★★★★☆
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2008年11月06日

言ってはいけないことと、言っても良いこと

何故か今日、僕の噂話が広がっていた。
この噂自体は知られて不味い事ではなかったので、それ程僕は被害を被らなかった。
この噂の元凶の出来事、当時は結構気にしていたはずだが今考えるとはて?という感じである。
僕の価値観が変わったのか、僕を受け入れる相手側の環境が変わったのか。
自分の内面の事ながらわからない。
謎である。

それと関係があると思われる事柄がある。
最近、ずけずけと明け透けなく話す友人に毒されてきたためか、人に言っていけないことと、言っても良いことの線引きが曖昧になってきていて困る。
高校時代、主に鐘からいわれた究極の八方美人、しらかばの存在が危うくなってきてしまっているのだ。
例えば・・・・・・これは本当に例えなのだが、友達の家に突然行ったとする。
そして、友達のトイレにボラギノールが置いてあったとする。
昔の僕ならば確実にそのことに関してふれなかっただろう。
トイレの見えるところに置いてあったボラギノールを見えないように隠すということもしたかも知れない。
しかし、今の僕ならば確実に言ってしまうだろう。
「痔なんだね、大丈夫?」と。
しかもそこから話の輪を広げてさえしてしまうだろう。
「痔の種類は?切れ痔?大変だっていうよね。具体的にはどういうことが起こってるの。肛門の中が裂けるの?外が裂けるの?」と。
これでは僕が自分のコンプレックスについて根掘り葉掘り聞く最低な人種に映るかも知れないので、一応自分の弁明をしておく。
「痔?キモッ!ゲラゲラ」という話の方向には絶対行かない。
コンプレックスをコンプレックスととらえず無関心を装いつつ、労りつつ、なおかつ正当化して話すとでも言うのか。
しかし、コンプレックスというある種、話の種にしたくない事にふれていることに代わりは無いので良くないのはあきらかである。
そうは思うのだが、「これだけは絶対に言ってはいけない!」と昔は、脅迫概念的に感じていたことでもスラッと言ってしまえるようになってしまった。
これは昔以上に僕が冷たく、他人に無関心な人間になったからだろうか?
それとも違う理由故の変化か?
これは退化なのだろうか?それとも進化なのだろうか?

まあ、この行為の良し悪しは別としても、もう少し言動に気をつけなければと思った。


今年136冊目の本、作者たくさんの『ゆがんだ闇』読んだ。
このたくさんの作者の中に瀬名秀明が混ざっていたんだが、もうこの作者の本は読めないなと思った。
これは小説じゃない。
僕ヒ★★★☆☆
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2008年10月25日

残り物には福がある

残り物には福があると良くいう。
僕は突如として思った。
「だが、どうだろう、本当に福があるのだろうか」と。
もちろん、この言葉に根拠がある訳ではないので否定するのは簡単である。
だがしかし、それではつまらない。
とりあえず、僕は籤となるものの立場になって考えてみた。

僕は籤である、名前は無い、有る訳無い。
僕は引かれる為に産まれてきた。
故に早く、一刻も早く引かれたいと切に願う。
その僕の宿命たる引かれるという事態になった。
周りには同時期に産まれた兄弟達。
「早く引かれたいね」「そうだね、早く引かれたい」
そういった自分の存在を唯一肯定してくれる行為を早く望む声が誰ともなく回り中から聞こえてくる。
「きみは静かだなあ、こんなに待ちに待ったときが来るというのに」
僕は一人黙りを決め込むが同意見である。
早く引かれたい、それだけが僕ら籤の欲求だからだ。
ようやく、籤を引くという行為が始まった。
「さようなら」「やったぜ」「やった」
次々と引かれる籤達。
しかし、僕の番はまだ来ない。
どうせ、全員引かれるんだ。
そうは、思うのだが僕は焦る、焦燥に駆られる。
はやく、僕を引いてくれ!
遂には僕ともう一人となってしまった。
僕らは真剣だった。
お互いに言葉を交わすこともなく、ただただ引かれることを願う。
手が迫ってくる。
僕らの上をふらふらと行ったり来たりする。
永遠にも思える長い時間が経過した気がする。
その手が僕に触れる。
遂に、遂に来たる!
僕は歓喜に身を震わす。
しかしながら、突如として離れる手。
驚いたのもつかの間、もう一方の籤が引かれた。
他に選択するもののない一択の籤を籤と呼べるだろうか。
いや、呼べるはずがない。
最後の残り物となってしまった、籤でなしの僕は引かれずに渡される。
自分の存在理由が否定され、引かれずに渡される屈辱。
周りからは籤たちの嘲笑が聞こえる・・・・・・

これが残り物の籤の一生である。
あまりに悲しい。
このような残り物を出さないために籤はみんなでいっぺんに いっせーのーせ で引くのが正解である。
・・・・・・おっと、『残り物には福があるのか?』から『残り物をださないために』に議題が移ってしまった。
しかし、こんな不幸な目に遭っている籤の縁起がよいはずがない。

つまり、籤はなるべく早く引こうと言うことです。
相変わらず根拠は0ですが。


今年132冊目の本、清水マリコ著『侵略する少女と嘘の庭』読んだ。
面白い。
甘くも苦い、懐かしくよく分からない気分になる。
僕ヒ★★★★★
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2008年10月19日

泣けるって売り文句

最近良く目にする、『泣ける本』って売り文句がすごく気に入らない。
というか『泣ける〜』って表現そのものが気に食わない。

「泣けたらからなんだってんだ」と僕は思う
泣けるから良いものとは限らない。
泣けないから悪いものとは限らない。
だが、一つ間違いないことがある。
“泣ける”とついたものは例外なく僕には響かない。
よって“泣ける”とついたものは避けて通っている。
下世話でつまらないお涙頂戴ストーリーを読む価値は無いからだ。
あんな病人や苦労人を見て、可哀想と涙を流し、その物語を何を勘違いしたか心に響く名作指定している馬鹿どもと同じ思考回路に至りたくないからだ。
この種の馬鹿どもは、物語を楽しむことが目的なのではなく、涙を流すことが目的なのだろう。
可哀想な物語を読んで涙を流す自分に酔っているのだ。

僕は常々“泣ける”という言葉は感動の最下級表現なんだと考えている。
自分の中の価値観を揺るがし、感無量となり、鳥肌がたつ。
そんな崇高でかけがえのない状態を表す言葉が“感動”だ。
その1/100程度をきっと“泣ける”と表現するのだ。

そろそろ、本やら、映画やらを宣伝する人は自分が使ってる軽いほとんど無価値な言葉“泣ける”の意味を理解すべきである。
ついでに、馬鹿どもを量産した責任としてもっと良質な感動する物語を万人に供給すべきである。
posted by しらかば at 00:00| 千葉 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 管理人のつぶやき・・・ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月15日

mixiでの馴れ合い

昨日、少し見せてもらったmixiでの馴れ合いとポエム記事が頭から離れない。

本文の一部:『僕は月なんだ、太陽が無いと輝けない』
コメント:そんなこと無いよ!十分輝いてるよ!(何か不可思議な絵文字連打)

本文の一部:『駄目だっていいじゃん。みんなだってそう思うでしょ』
コメント:そうだね〜、何か勇気もらっちゃったな(何か不可思議な絵文字連打)

人のことを言えるレベルではないけど・・・・・・
これは無い、心からそう思う。
別にポエムを書くなとはいわないが・・・・・・
何がこんなに不快なのだ?
自分の中ではもう明確な答えが出てる気がするのだが、言葉にしようとするとかなり難しい。
ちょっと違うかも知れないが思ったことを書いてみようと思う。
これは多分、僕がmixiを本気でやりたくない理由にも直結している。

mixiに入るルールとして友達に紹介してもらうというのがある。
そして、mixiの暗黙のルールらしい日記を見たらコメントするというものもある。
この二つが合わされば想像を絶する気持ちの悪い空間を作ることが可能である。
リアルで友達なら友好関係を崩すまいとして、きついことは言えないだろう。
だが、日記を見たらコメントを付けなければならない。
何ら見るところのない日記に、嫌でもコメントを付けなければならないのだ。
そりゃ、内容は薄っぺらい物となる。
そして、一番簡単なコメントは日記で書いてあることに同意するコメントである事は簡単に想像出来るだろう。
これがmixiが異常な馴れ合い空間となるカラクリである。
僕は多分、違う意見が全く出てこない空間だから気持ちの悪いのだと思う。
皆が皆、同じ方向を向きエールを送り合う。
そんなに心地の良い空間を演出してどうする?
そんなに無駄コメントもらってどうする?

僕もmixi上で日記を書けば必ずコメントが貰えるようになるんだろう。
多分、コメントを貰えれば初めのうちは嬉しいだろう。
だが、時が経てば、そんなお前の意見に賛成!ってコメントはスパムと変わらないと思うようになるだろう。
スパムは削除、コメントはレスを。
ただ、形式が違うだけでスパムもコメントも一手間掛けなければならないからだ。
むしろ、同意されて無碍に出来ない分、コメントの方がよっぽど質が悪いかも知れない。

あーそうなのか。
そもそも、僕はmixiの在り方そのものが気にくわないのか。
そりゃ、mixiの何もかもが気に入らない訳だ。

もしも、もしもだけれども、僕のこの日記に書いてあること全てが自分が気付いてないだけで、例の彼らの日記のように人に気持ち悪い思いを抱かせているとしたら・・・・・・
そう考えるとかなりの恐怖を覚える。

彼らはある意味、勇気があるとも言える。




今年127冊目の本、上遠野浩平著、『メモリアノイズの流転現象』読んだ。
例のサイン本である。
内容はいつも通りだった。
僕ヒ★★★★☆

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2008年10月12日

ハーゲンダッツ

ハーゲンダッツ。
言わずと知れた名高い氷菓子である。
先日、母がハーゲンダッツ商品券なるものを当て商品と引き替えてきた今、家に腐るほどある。
・・・・・・アイスは腐らないので売る程あると、言った方が適切か。
まあ、ともかくあるのだ。

あるからには食べる
『アイスは1日1カップ』
我が家にはこのような掟がある。
しかし、昨日は腹痛のためハーゲンダッツを摂取することが出来なかった。
「昨日は食べられなかったのだから、昨日の分を今日食べても問題は無いではないか」とか、「名高いハーゲンダッツを他のカップアイスと同じとする事なかれ、ハーゲンダッツの数え方は1カップではなく、1ダッツである」とか、自分の中で掟を破るべく理由を付けた。
と言う訳で、今日は2ダッツ食べた。
そして、気付いた。
ハーゲンダッツの隠された真実に。
確かに1ダッツ目の口に広がる芳しい芳醇なるバニラエッセンスの臭いは特筆すべき物があるだろう。
だが、2ダッツ目からはただの糞甘いアイスとしか思えなくなる。
そうである。
どうやら、ハーゲンダッツは大量に食うことを想定されていないようなのだ。
くどい味、くどい甘さ、香りすぎる臭い。
量を食うことを考えると、1/3の値段のスーパーカップにも劣るという信じられない真実。

なんてこと!
まさか、カップアイスのキングたるハーゲンダッツの実力とはこんな物であったのか!
この事実は生粋の貧乏人で、ハーゲンダッツをたらふく食べるという夢を長い間持っていた僕を酷く狼狽させたのであった。
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2008年10月10日

パブロフにYAMERE

【パブロフにYAMERE】

ポールの唾液腺を研究中、講義で眠ったポールが壊れた蛇口のように唾液を分泌している事を発見、そこから条件反射の実験を行った。
この実験は行動主義心理学の古典的条件づけや行動療法に大きな影響を与えた。
実験方法はこうである。
あるポールの唾液の分泌量を測定し、ベルを鳴らしてから講義で眠らせることを繰り返した。
するとポールは講義がなくともベルがなったと同時にうとうとし始め、ナイヤガラの滝もかくや、といった感じに唾液を分泌した。
そこではめられたと思ったポールは唾液を拭い、自分のティーシャツを見て一言、「フェイントをかけるのはYAMERE」と呟いた。
さらにベルを鳴らし続けると次第に反応は消えていくが、数日後同様の実験をしてもポールは唾液を分泌する。
前者を『消去』と言い、後者を『自発的回復』と言う。




どうも、自分の言ったことが忘れられなくて・・・・・・
け、ケンカをふっかけている訳ではないのです!
ただ、帰りの電車の中で考えたら何か面白くなってきてしまって!
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2008年10月08日

ピンクの携帯電話

ピンク携帯電話を持っている夢を見た。
夢の中で僕の携帯電話は恐ろしいまでの鮮やかなピンクであった。
あまりの鮮やかさに毒があり、持っている手が爛れるのではと心配になるほどの極ピンクであった。
公道で取り出しピコピコ弄れば、道行くおじさんに「おしゃれですね」と言われ、駅で取り出せば電車から降りてくる人全てに「いなせですね」と言われる。
夢の中での僕は得意げであった。
胸を張り、電話が掛かってきていないにもかかわらず、ピンク携帯電話を耳に当てていた。
自分のピンク携帯電話が誇りであった。
もちろんのこと、このような気持ちの良い夢が長く続く訳もない。
直ぐに僕は目を覚ました。
そして自分の携帯電話を確認する。
自分の携帯電話がなんの変哲もない普通の携帯電話であったので安心した。

そして、また眠りについた。
今日の睡眠時間は12時間だった。
posted by しらかば at 00:00| 千葉 ??| Comment(0) | TrackBack(0) | 管理人のつぶやき・・・ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月29日

同じ事を繰り返し言う

あんまり、僕は話すときにものを考えていない。
雰囲気や、話題を察知し脊髄反射で言葉を出す。
それにより、似通った話、全く同じ話を何度か繰り返すことがある。
それに自分で気がつかなければ幸せなのだが、大部分に気がついてしまう。
言う前は気がつかないのに、言うと気がつく。
繰り返しに気がつくと、心中には後悔の嵐が巻き起こり、『なんだ?お前は同じ事をオウムの様に繰り返すしか能がないのか?』とか『お前はイェイ・ジュンが痛い子だと思っているようだが、お前の方が代わり映えのない、同じところで何度も突っかかる痛い子なんじゃないか?』とか『ごめんね、頭悪い子で。こんな屑野郎の話に付き合ってくれる・・・・・・なんて優しい奴だ』とかいう考えが頭の中を駆け巡る。
まさしく穴があったら入りたいという気分になる。

例えばくだらない議論の時、脊髄反射でどうしようもない答えを言ってしまうときがある。
それを後で振り返り考えてみると、その脊髄反射で出した物より遥かに良いと思われる答えが出てくる事が良くある。
脳に届くまでがトロすぎるのだ。
直したいとは思っているのだが、考えながら話すと置いていかれる。
直しようが無い。
何?僕、死ぬの?
死ぬしかないの?



今年120冊目の本、森鴎外著『ヰタ・セクスアリス』読んだ。
文豪に近親感が沸いた。
僕ヒ★★★☆☆
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2008年09月21日

軽いの読んでてたまに思うこと

今年118冊目の本、瀧川武司著『EME BLACK 3』読んだ。
僕ヒ★★★★☆


前から感じてたのだけれども。
ライトノベルの性描写って残念な感がするよな。
例を挙げるとフルメタとか、このEMEとか。
この感覚はなんと言っていいかわからないが、喩える事なら出来る。

目の前に自分が飼ってる可愛い雄の犬がいたとする。
それに手を伸ばして頭を撫でようとしたら、突如として前足で手を挟まれ腰を振られた感じ。
これの笑い要素を全排除して残ったものがこの残念な感なんだ。

ライトノベルとかマンガとかに登場するキャラクターの作り物めいた可愛さ、完全さがこの感情を呼び起こすんだろう。
例えば、陳腐な言葉となっているが『萌え』という言葉がある。
前に一度、某体育会系の教授に聞かれたときに『萌とは?』ということを考えた。
僕が思うに『萌え』とは犬やその他動物を愛でるときに感じる感情に近いと思う。
つまり、一介の消費型のオタクが『萌え』を得るために萌えの供給者は、人間という服や化粧、その他手入れがないと直視出来ない汚いものを原型が無くなる程デフォルメし尽くして、子犬やその他動物などの可愛い物と同等にしているのだ。
デフォルメし尽くし、排泄もしない、老けもしない、腹黒くもないなど、現実世界に存在しないにもかかわらず、現実世界の人間以上の魅力・・・・・・いや、魔力を兼ね備えたキャラクターはこうして産まれる。
このような苦労をして産まれたある種、アイドル的なキャラクターが突然、人間味を帯びたどちらかというと醜い行為に分類される生殖などの行為をすれば白けるのも同意ではないか?

と、自分の感覚を正当化してみる。
posted by しらかば at 00:00| 千葉 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 管理人のつぶやき・・・ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする